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Cryostasis: Sleep of Reason
開発: Action Forms 販売: 1C Company - 2009
プラットフォーム: PC



■FPSストーリーテリングの新境地

近年のFPSの躍進は目覚しいものがある。技術力の進歩に伴い高度な表現力を獲得し、映画的体験が出来るゲームのニーズが高まったのと、FPSがその表現に適した手法であった所以である。FPS特有の一人称視点は、他にはないゲーム内世界との一体感、没入感が得られるのだ。

そうした経緯から、ゲーム業界が今世代機に移行してから今日に至るまで、PCゲームやコンソール問わず実に数多くのFPSが生まれた。そしてその中で傑作と呼ばれる作品は多くが映画的体験、没入感、ストーリーテリング等などの点において評価が高いもの達であり、これらは先代の表現を研究し昇華し、新たな境地を目指さんと野心や競争心に満ちている。

これらのラインナップの中に、この度また1つ新たな作品が加わろうとしている。それが本作、『Cryostasis: Sleep of Reason』だ。一見すると本作は東欧出身という身の上から、そのエキゾチシズムに目を奪われがちである。しかしその根底には他の傑作と同様の研究精神、時代に対する野心や競争心に溢れているのだ。

異国情緒と同時代性のせめぎあいの中に本作はある。そしてそれは間違いなくFPSストーリーテリングの新境地と呼ぶに相応しいものなのである。

■ストーリー概要

1981年、北極。極点の観測所に勤めていた主人公のAlexander Nesterovは、本国からの急報を受けて指定された合流場所へ向かっている最中に、流氷の崩壊による転落事故に遭ってしまう。その時単なる偶然か、はたまた運命のいたずらか、目の前に謎の船を見つけた主人公は、その中に非難し九死に一生を得る。しかしその船こそは13年前に謎の遭難をして以来消息不明となっていた原子力砕氷船、North Wind号であった。

North Wind号はまるで時間が止まっているかのように、遭難直後の姿そのままに氷結されていた。主人公は時空を超える特殊能力"Mental Echo"を駆使し、謎を解明すると同時に、この船と自分自身を悲劇の渦中から救い出さなければならない。

地獄の中の地獄を体験しよう。

■その語り口調をどう受け止めるか

『Cryostasis: Sleep of Reason』は、ウクライナのAction Formsが開発したホラーFPSだ。この東欧のスタジオは過去には『Vivisector: Beast Within』というFPSを作っているが、地方のC級ゲームの域を出ない作品だったと記憶している。

そんな実績に明るくない同社であるが本作では大きく飛躍し、本国ではあの『S.T.A.L.K.E.R.: Shadow of Chernobyl』に引けを取らない、欧米の大作に匹敵する作品とまで評される事になった。Action Forms侮り難しである。

しかし侮り難いと同時に油断も大敵だ。幾ら進歩したと言われても血は争えないもので、本作はあくまでも東欧の一風変わった感覚から生まれた作品であるという事を十分に留意しなければならない。

もしあなたが何かハリウッド映画のような体験を求めているのならば、本作は全くもって向いていない。寧ろハリウッドや近年の欧米のゲームを基準にして見たとしたら、本作のそれは酷く単調にしか思えないだろう。プレイヤーはまずこの単調さでもって本作に向いているか否かを試される事になる。

ゲームは最初から最後まで舞台となるNorth Wind号の内部のみで展開される。その船内も終始見栄えが全く変わらないまま進んでいき、これがおよそ8~10時間続くのである。ゲームの展開も一本調子極まりなく、探索して敵と戦って謎を解いてのルーチンが延々と続くだろう。この単調さはかの『Condemned: Criminal Origins』すらも凌駕すると言えばお分かり頂けるだろうか。

これを明らかな欠陥ととるか、表現上の意図した設計ととるかは意見が割れるところだろう。しかし個人的には、もちろんケースバイケースではあるが、基本的に単調=悪いという見方は良くないと思っている。ものによっては敢えて単調にする事でしか表現として成立しないものもあるからだ。

しかし必ずしも全ての人がそう考えるわけではないという点で、やはり本作は人を選ぶのは間違いないが、それでも本レビューでは一応この単調さを肯定的に受け止める事を前提にして話を進めていきたいと思う。

■色々な角度から事件の"当事者"になる

本作は"Mental Echo"というシステムを最大の売りにしているので、このレビューでもまずここから語っていく事にしよう。Mental Echoとは端的に言って過去の情景を見たり或いは当事者となって体験できる能力の事であり、プレイヤーはこれを使って船の謎を解いていく事が最大の目的となる。

ゲームの流れ単純だ。プレイヤーは時折敵と一戦を交えつつ一本道のマップを探索していると、突然その場の過去の情景がフラッシュバックする。そしてそのまま進めると、氷付けとなった死体が姿を表しMental Echoの出番がやってくるだろう。Mental Echoによって死体の過去にダイブすると、そこでは死者の視点で彼の死の直前を体験する事になる。プレイヤーはそこで彼が死なないように上手く立ち回らなければならず、これが一種の謎解きとして機能しているわけだ。そして死の原因を無事に取り払い現実に戻ると、その場にあった死体はなくなり、次へ進む道が開けるという按配である。

この際Mental Echoには2つの役割がある。1つはゲームのアクセントとしてのパズルという役割、そしてもう1つはストーリーを解き明かしていく演出としての役割だ。

Mental Echoは前者として見た場合は、及第点ではあるが特別褒めたてる程のものではない。パズルはどれも簡単な上に単純作業系で、仮に失敗したとしても現実に引き戻されるだけで、再度ダイブし直せば何度でも挑戦する事が出来るからだ。そこにはゲーム的な駆け引きを生じさせてくれるようなものは少ない。

一方で後者として見た場合には、シチュエーションや演出が1つ1つが丁寧に作りこまれていて視覚的に面白く、その点から考えてもこのシステムはストーリー伝達の為のギミックとして見た方が良いだろう。

またそれを説明するには、『System Shock 2』に代表されるオーディオログという表現と比較すると分かりやすい。オーディオログとは本筋のストーリーを補足する為のものとして、音声だけである種の状況説明をする手法だ。それらは大抵誰それの日記だとかいった形式で表され、プレイヤーはそれを集めては聞く事で次第に舞台の背後が見えてくるようになっている。ホラーゲームのような直接NPCと交流する機会の少ない作品において、孤独を演出する為にしばしば使用されており、近年でも『Dead Space』が字の如くそれを活用していた為、ご存知の方も多いだろう。

そして本作のMental Echoは、このオーディオログの視覚化版と表すのが一番適切であろう。今まで声や効果音程度でしか知る事の出来なかったものが、より多様な視覚効果や、更には実際に自ら体験する事で感じ取れるのである。そこには基本的に見えるか見えないか、動かせるか動かせないかの違いしかないが、しかしその違いによる感情移入度の変化は歴然としたものがある。

また主人公にとって自らが生きる現実世界は全てが終わった後の廃墟なので、過去にダイブして幾ら一時的に当事者に成り代わる事が出来ても、恒久的には部外者であり続けることしか出来ない。このギャップが主人公の孤独感を従来の作品に比べ、より強調するように働いているのも上手い。表現そのものは今の世代に相応しい形に変化させつつも、その表現のルーツが持っていた本来の良さは損なわせない所かそれすらも強調する。

表現の進化のさせ方としてこれ以上に理想的なスタイルはないだろう。『Cryostasis: Sleep of Reason』は、『System Shock 2』から始まったオーディオログの表現に、新たな地平を切り開いた。

触れられるけど触れられないというジレンマがもの悲しい。

■東欧独特の自然哲学を思わせるストーリー

ストーリーは上記のようにMental Echoを通じて語られていく。過去の映像の1つ1つは、始めのうちは無秩序にその時々の事象を取り上げているだけように見えるが、ゲームを進めていく事で徐々にそれぞれの相関関係が見えてくる作りになっている。この小出しにして見せていく手法が憎らしいが効果的に働いており、その魅力がプレイヤーを先に進ませる原動力として作用していると言えるだろう。

しかし意外にも本作における最大の謎である、何故船は遭難したのかという話題は、物語の中盤辺りでアッサリと判明してしまう。勿論それで物語の全てが解き明かされるわけではないのだが、本作のストーリーは所謂サスペンス的なものはあまり重視されていない。

寧ろ本作は中盤からが本番で、そこからは何故その事態に至ったのかが、1つ1つの事例を積み重ねて丁寧に描き出されていく。物語は船長とそれを取り巻く船員達の人間ドラマによって織り成され、如何にこの事態が不可避であったかが、黙々とではあるが次第に悲壮感と共に浮かび上がってくるだろう。

またMental Echoで紡がれるメインストーリーとは別に、本作では様々な象徴的モチーフが登場する。道中で拾う事になる船長の日記や老婆の声で語られる本筋とは全く別の物語、Mental Echoとは似て非なる怪奇現象の数々。これらは船長の日記を除いて本筋との繋がりが明示される事は一切なく、多分に暗示的で後半のそれはシュルレアリスムの域にある。

これらの存在は作品を難解なものにしているが、一方で最後まで通して見ると、主尾一貫したメッセージ性を伴っている事に気づけるだろう。それは開発者である東欧の人々独特の自然哲学の様なものだ。

『Cryostais: Sleep of Reason』の物語はハリウッドのようなスペクタクル溢れる展開は決してないが、その静けさの奥には強い意志を感じ取る事が出来る。

物語後半、プレイヤーは突然家畜牛になり断頭台に駆られる。このシーンが示唆するものとは。

■世界一寒いゲーム

本作は完成度が高いストーリーに加えて、ユニークな舞台設定とそれを裏付ける徹底的な極寒描写が、その魅力を尚の事際立たせている。特に本作はその表現に温度という概念を、ゲームシステムとして持ち込んでいる事が特徴的だ。

本作では一般的な意味のHPという概念はない。その代わりに体温が相当するものとして取り扱われ、プレイヤーはゲーム中常に左下に表示される温度計を見て外気温と体温を管理しなければならない。体温は外気温に依存し、暖かい空間に居れば徐々にその外気温分自らの体温も上がっていくが、逆に寒い空間ではそれだけ徐々に下がってしまう。そして効率的に体温を維持する為には、焚き木や白熱電球等何か熱を発するものに近づいて暖まったり、もしくは船の動力を復活させて空間そのものを暖めなければならない。

このシステムはゲーム的な駆け引きの要素としてよりも、寧ろプレイヤーに寒さを知覚させる為のものとして機能していると言えるだろう。通常ならば幾らゲーム側が舞台設定やビジュアルで寒さを強調したところで、映像表現である以上プレイヤーにそれを実感させるには限度がある。そこで本作はHPを温度に置き換えることで、寒さを数値として感じさせる仕組みを作ったのだ。これによってプレイヤーは微動する温度計を見ることで、今居る空間がどれだけ寒いのか、またさっきと比べてどれだけ暖かくなったのかという事が、より具体的に感じ取る事が出来るのである。

また温度計と見た目が一致するのも良い点だ。見た目が寒そうであればそれだけ温度計は低い値を示すし、電源を入れるなりして部屋を暖めれば数値は徐々に上昇し、見た目も床や壁面にこびりついていた氷が解けて流れだす。更に暖まれば体温もみるみる上がっていき、つららや大き目の氷まで溶け出し、最終的には完全に乾ききって部屋が持っていた本来の表情を取り戻す。

ここまで徹底して寒さを表現した作品は未だかつてない。見た目に留まらずシステムにまで踏み込んだその表現は、従来とは一味違った没入感を提供してくれる。

野外では猛吹雪に足を取られ、体温はみるみるうちに下がっていく。容赦ない。

■センスの良いグラフィックス、しかし難点もあり

極寒表現に長けた本作だが、その他の表現もそれに引けを取らずに魅力的だ。朽ち果てた船内の様子は実際に砕氷船の取材を基に作っただけあり存在感に溢れており、またモンスターのデザインも他では見られないような奇抜なものが多く目を見張る。Mental Echoの効果も色彩感覚が独特で、いずれもテクノロジー云々というよりもセンスが際立っていると言えよう。

その中でも特に気に入ったのが流体表現だ。流体表現とは前項で述べた通り、氷結された部屋が暖まった時に周りの氷が溶け出す効果の事で、徐々に静から動へとシームレスに転じていく様が美しい。この表現はNvidia協力の下制作された本作のグラフィックス表現の中でも一番のハイライトとなっている。

更にもう1つ注目したいのがライティングの巧みさだ。朽ち果てた船内は大半が暗がりでフラッシュライトが必須であるが、僅かに残っている光源の配置がとても上手く、投影される影まで計算されたそれは、船内をより神秘的な空間に仕立て上げている。またこのライティングは道しるべの役割も兼ねており、効果的に配置されたそれを追っていくだけで、自然と迷わずに想定されたルートを辿れるようになっているのも上手い。

但しグラフィックスについては問題点も少なくない。ここまで褒めてきた点は主にセンスに起因する事だったが、裏を返すと技術的には未熟さを感じざるを得ない仕上がりになっているという事でもあるのだ。

まず単純にモデリングが荒く、近づくとかなり不自然に見える。アニメーションもモデリング程ではないが所々に違和感を感じさせる仕上がりだ。

だがこれらはまだ許容範囲とも言えるが、最も度を越して酷いのがその尋常ならざる重さである。技術的に格段優れている箇所はないにもかかわらず、『Crysis』に匹敵する重さなのはどういう事なのか。現状では設定を全てHighで遊ぶにはハイエンドクラスのVGAが必要で、Phys Xをフル活用するには、それ専用に別のVGAを用意する必要がある。

独特のセンスが魅力的ではあるが、それを拝むには高いハードルを越えなければならない。

■シューティングを捨てたFPS

最初に触れたとおり、アドベンチャーやストーリー性を重視している本作は、反面シューティングに関しては欠陥ばかりが目立つ出来になってしまっているのが残念だ。本作は決して戦闘がメインのゲームではないにせよ、全体を通してそれなりに戦う事になる分、これが作品にケチを付ける小さからぬ要因になってしまっている。

本作における戦闘の要素は、前半の3分の1が打撃武器のみの接近戦、残りの3分の2が銃器を使っての戦闘という構成になっていおり、プレイヤーの移動能力はかなりリアル寄りに調整されていて、素早い動きは全く出来ない仕様だ。その他には武器もまた非常に扱い辛く、照準が出ないのでアイアンサイトは必須な上に、それでも弾は狙った所に飛んでいく事をまるで知らない。近年のゲームの中では屈指の扱い辛さと言えるだろう。

しかしこれ自体は別に悪い事ではない。ホラーゲームにおいて操作性を敢えて損なわせる事で恐怖を演出するのは常套手段であり、やり辛さがプレッシャーに上手く変換されれば、かえってゲームにとってプラスに機能するのである。

本作における問題は、やり辛いくせに難易度自体は極端に低い所にある。敵の登場頻度はそう多くはないにも関わらず、それぞれは何ら手こずる事無く倒せてしまうだろう。接近戦では空振りした所を刺していけば良いだけだし、銃撃戦でも被ダメージが低いので脅威になり得ない。

開発者としてはリアリティの追求と、尚且つストーリー重視ゆえに、戦闘で躓いてテンポを損なわせたくないという思惑があったのかもしれない。しかしこれではプレッシャーもへったくれもなく、緊張感があるわけでもなし、かといって爽快感があるわけでもなしでは、リアリティ以前に単にやり辛さが残ってしまうだけではないか。せめて複数の難易度が用意されていれば少しは違ったかもしれないが、残念ながら本作にそういうものはない。もう少し上手い落ち着け所は無かったのだろうか。

見た目はおどろおどろしいですが、無害です。

■まとめ

まず最初の方で断りを入れた通り、本作を楽しむにはその単調さを受け入れられるかどうかに懸かっている。単調なのは何が何でも駄目だという人は、本作には手を出さない方が懸命だ。

しかしそれをクリアできれば独特な雰囲気やストーリーで、他にはない体験を味わう事が出来るだろう。アドベンチャーや何か風変わりなものが好きな人には特にお薦め。異国情緒という点でも同時代的な試みという点でも優れている作品である。

ただしFPSとはいえ純粋なシューティング要素は捨てているような作品なので、そこは一人称視点のアドベンチャーと割り切った方が良い。



参考リンク


Cryostasis: Sleep of Reason 公式サイト
PCゲーム道場 - Cryostasis: Sleep of Reason Review
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2009/03/20
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