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Crysis
開発: Crytek 販売: Electronic Arts - 2007
プラットフォーム: PC



■『Crysis』はPCゲーム進化の最右翼になり得たのか

何をもってPCゲームとするか。これに対しては様々な答えがあると思うが、ここ最近家庭用ゲーム機とのマルチプラットフォームが常識化された事で、この問いはより一層の議論の対象となっている。

その時我こそはと立ち上がったのが『Crysis』だ。彼は超美麗グラフィックスとメガトン級の重さを引っさげてやってきた。それはまるで、かつてPCゲームの一時代を築いてきた『Quake』や『Unreal』のように。

最先端のゲーム表現はハードウェアの技術革新、とりわけグラフィックス技術の進歩の上に成り立つ。仮にPCゲームやその進化をこのような見方で括った場合、『Crysis』は或いはミスター・PCゲームと呼ぶに相応しい存在なのかもしれない。例えそのやり方が、ロマンチストに過ぎるとしても。

■超綺麗、超重い

『Crysis』は2007年にドイツに拠点を置くCrytekが開発した、南国を舞台にしたPC専用のFPSだ。このスタジオは過去にも『Far Cry』という似た舞台、概ね同じ趣旨のゲームを開発しており高く評価されている。また『Far Cry』は元々純粋なグラフィックスデモの開発から出発しており、広大なアウトドアの描写能力とその美しさがとりわけ話題になった作品だ。

こうした前例を経て生み出された『Crysis』も、ご多分に漏れない圧倒的なグラフィックスの美しさを実現している。最新の技術を余すことなく詰め込んだそれは、広大なフィールドを徹底して細密に描き出す。人物も肌のしわやしみの一つ一つに至るまで描き込み、それが表情豊かにアニメーションする。正に桁はずれという言葉がぴったりだ。

美しさが桁外れならその分重さも桁外れだ。何せ現行のハードウェアでは最新のものでさえ、本作を最高画質では満足なフレームレートを出すことが出来ない。本作の映像表現はその美しさにおいても、重さにおいても、名実共に現在のゲームの頂点に君臨する。

「実写のような映像」とは正に本作の為にある言葉だ。

■ハリウッドこそ至高という意志の下に

本作はその特筆すべき映像表現を駆使して、ハリウッド映画に飛び込んだかのような体験を提供する。

『Crysis』の舞台は2020年の南シナ海はリンシャン島。そこでは発掘隊が太古の遺物のようなものを発見するが、そこに突然現れた北朝鮮軍が島を封鎖。発掘隊を人質にとり、独自に調査しようとする。そこで主人公を含めたアメリカ特殊部隊は、最新鋭のNano Suitを身にまとって潜入捜査に乗り出す。しかし太古の遺物と思っていたものは実は宇宙人の要塞で、目覚めてしまった彼らは島を一瞬にして氷結。極寒の地となった南国の島で、アメリカ軍と北朝鮮軍とエイリアンの三つ巴の戦いの火蓋が切って落とされる。

ここまで書くと何かとんでもないB級シナリオと思えるかもしれないが心配無用だ。本作は前述した圧倒的なグラフィックスに合わせて、ハリウッド顔負けの壮大な演出を駆使して物語に有無を言わさぬ説得力を持たせている。フルオーケストラのBGMをバックに戦車が列を成して行進し、そこを銃弾や砲撃が乱れ飛び、空からはエイリアンの冷凍光線が降り注ぐ。そこでは最早重箱の隅を突くような指摘は意味を成さない。

センスよりも力技で解決しようとするその姿勢からは凄みさえ感じるが、同時にとんでもなく金を掛けているのも容易に想像できる。思えば『Far Cry』も規模の圧倒的な違いこそあれ、基本的にそんなノリだった。シナリオからその具体的な実践、金の使い方までハリウッドスタイル。それが『Crysis』、いやCrytek流なのだ。

迫力がありゃあ、それで良いんだよ!

■よりスーパーヒーローに成りきれるゲームへ

本作のゲームとしての基本的なデザインは、前身である『Far Cry』のコンセプトを引き継いでいる。プレイヤーは広大なフィールドを前にして目標を与えられるが、それを達成するならば途中経過をどう行うかは、完全に自らの意思に任されている。プレイヤーは敵と交戦しても良いし、可能ならば避けて通っても構わない。移動も全て徒歩に拘るのも良ければ、フィールドに点在する車やボートを使う事だって出来る。その進行ルートも、複数に分岐している中のどれを選んでも良い。そんな自由度の高さが本作のウリの一つだ。とは言え実際にプレイしてみると、本作は『Far Cry』とは似て非なるスタンスである事に気づく。

『Far Cry』といえばその難易度の高さで有名な作品でもあった。物陰に隠れないと死ぬ。複数の敵と一度に対峙すると死ぬ。途中から登場するエイリアンの攻撃なんて、一度か二度食らったらだけで死ぬ。しかもクイックセーブ不可と随分サディスティックな内容だった。しかしそれがプレイヤーをゲリラ的戦法に促すようになっており、また面白さにも繋がっていたのである。

ところが『Crysis』ではそういった側面は大分成りを潜めることになる。本作は『Far Cry』の基本骨子の上に、新たにNano Suitという概念を取り入れた。これは様々なモードに切り替える事で瞬間的にプレイヤーの身体能力を拡張するもので、例えばArmorモードなら銃弾その他あらゆるダメージを無効化し、Strengthならパンチの威力やジャンプの高さの増大、Speedなら移動速度を向上させ、Cloakは敵から自らの姿を不可視にする。この機能により本作はよりアグレッシブな戦い方が可能になり、戦術の幅も広がったのだ。

またそんなプレイヤーの超人化を演出上尚のこと際立たせているのが、主な敵となる北朝鮮兵のデザインだ。彼らは基本的なAIの優秀さも然ることながら、プレイヤーの行いに対して実に多様なリアクションを見せるよう作られている。例えばプレイヤーがStrengthなりSpeedを使って突然敵の目前に姿を現してみせると、敵は驚いたり状況が掴めず呆然としたりする。またはCloakで姿を消してみれば、ビビッて辺りにやたらめったら銃を発砲し始めるだろう。

この演出はプレイヤーの超人ぶりを強調するだけでなく、彼らのそんな習性を利用すれば上手く戦闘を進めていけるようになるなど、戦術的にも重要な要素となってくる。そこでは最早前作のように、茂みに隠れて一人ひとりチマチマと倒していくような戦法は必ずしも必要としていない。かといって完全にランボーな戦法を許容しているわけではなく、常に攻め際と引き際との駆け引きが生じさせるさじ加減なのが面白い。

ここで本項始めの『Far Cry』と似て非なるスタンスについての話に戻るが、それは即ち従来の『Far Cry』的ゲーム体験と、スーパーヒーローになりきる映画的ゲーム体験の両立という事なのではないだろうか。映画的ゲーム体験と言えば『Call of Duty 4: Modern Warfare』を思い出してみれば良い。あの作品は「映画の中に飛び込んだかのような」体験を提供する為に、ゲーム進行を極度にレールライド化することで対応した。その一方で、自由な箱庭的ゲームと「映画の中に飛び込んだかのような」体験を両立しようとしたのが本作なのである。

Nano Suitで暴れる様を描いたオープニングムービー。
もしくはここにCrysisが目指したものが要約されているとも言えるかもしれない。

■Cloakはクロークしとくべし

高度な事を実現しようとし、更にそれが概ね上手く行っている『Crysis』だが、しかしそれもここから書くことを含めなければの話である。本作はとても無視できない致命的な問題も抱えており、それが作品の評価を相当損なわせている。

最も酷いのはNano SuitのCloakが強すぎる点。相手が人間だろうが宇宙人だろうが問答無用で自らを不可視にするそれは、その気になれば敵を全く倒さずともクリアが可能だ。そうでなくと攻撃とCloakを交互にやるだけでも敵を無抵抗に嬲り殺す事が出来て、攻め際だとか引き際だとか、映画的体験だなんだというものは全て遥か彼方へ吹っ飛んで行ってしまう。

僕は初心者救済用なのだと割り切って2周目以降は完全にCloakを封じて遊んだが、その方が圧倒的に面白い。断言するが、瞬間瞬間で与えれる課題を、全てキー一つで解決してしまうCloakは必要ない。

Cloakで姿を見えなくするということは、ゲームの面白さを見えなくするという事でもあるのだ。

■エイリアン萌えなのも分かるけど

もう一つの大きな問題は後半のエイリアン戦だ。シナリオの部分で言ったとおり、本作はゲーム後半から氷結した島でのエイリアンとの攻防に話がシフトしていくのだが、あろう事かここからゲームは完全にレールライド化してしまう。またもや色々と大事なものが遥か彼方へ吹っ飛んで行ってしまうのだ。

開発者はこのデザインをより演出に力点を置きたかったからとしているが、そもそも『Crysis』の演出とは、プレイヤーの自由さの下に成り立っているのは先ほど書いたとおりである。そこから演出だけを切り出してきたところで、それは劣化版『Call of Duty』にしかならないし、そういう事は本家に任せておけば良い。『Crysis』がやるべき事は、もっと他のところにある。

またレールライド云々以前に、エイリアンとの戦闘も大して面白くない。硬すぎて同じ相手に延々と攻撃しなければらなかったり、北朝鮮兵のような賢さが無い等理由は様々だが、最も大きいのはコミュニケーションが取れないという事に尽きるのではないか。

これも同じく前に書いた通りだが、本作の戦闘の面白さは北朝鮮兵の一挙一動の面白さ、その駆け引きにある。それが仏頂面で黙々とこちらを襲ってくるのみの奴を相手にしても、面白いわけがない。

どうやらCrytekにとってエイリアンってのは鬼門らしく、本人達は出したくてたまらないみたいだが、それが上手く転じたことはない。『Far Cry』ではトライジェンとかいうエイリアンが出てきたが、中盤までならまだしも、後半の狂ったような登場頻度には閉口させられたし、『Crysis』もあのような鬼畜さこそないものの、イマイチ滑ってる感じがする点では一緒だ。

個人的にはエイリアンの母艦に入るパートだけで十分だと感じた。その程度だったなら、アクセントとして見れたかもしれないが、それ以外は中盤までの方向性を貫くべきだった。

極寒の地での戦いは、こちらの気持ちまで興醒めする。

■ミスター・PCゲームの運命や如何に

ここまで本作の良さ悪さを書き連ねてきたわけだが、一通り書ききった所で、一番始めの話に戻ってみたい。つまり『Crysis』はPCゲーム進化の最右翼になり得たのか、という話だ。

本作はPCゲームの優位性の証明と、PCゲーム自体の更なる次元への進化を目標にして開発され、また周囲もそれに期待していた側面があった。少なくとも開発者達本人はその気満々だっただろう。過去の名作の成功の方程式を持ち出し、また開発者自らPCゲームに拘る胸の内を方々へ熱く語っていた。

しかしより良いものを作るにはより多くの金をつぎ込めば良いという発想は、ユーザー、そして開発者自身の首を絞める。今日における製作費は高騰を続け、それに泡をふいたスタジオから家庭用ゲーム機とのマルチプラットフォームという道に方向転換。そしてユーザーの方も同じ作品を遊ぶなら、より少ない出費で済む家庭用ゲーム機へと流れてきている。

そこに待ったをかけようとしたのが本作だったのだが、結果としてそれは今のこの流れにダメ押しをした形になってしまった。『Crysis』はメディアからは高い評価を獲得し、開発費も一応ペイできたものの、十分な収益は確保できず、その後マルチプラットフォーム化もやむなしと、ミスター・PCゲームの方針は惜しくも転換を迫られる事になってしまったのだ。

始めに触れた通り、何をもってPCゲームとするか、その問いには様々な答えがあるだろうが、僕自身は本作が提示した方向性を信じたい、という立場で居る。PCゲームの進歩それ全体で見たときに、ハードウェアやグラフィックスを含めたイノベーションが、ゲームのデザイン理論そのものの進化、或いはその原動力となっている、という考えを僕は信じたい。

しかしだからこそ、開発費の限界という名の実質的な技術革新の頭打ち、家庭用ゲーム機の固定化されてしまうハードウェア性能が、PCゲームの存在意義失墜の危機感を募らせているのではないか。

この問題は今日の業界全体を取り巻いているものであるが、とりわけミスター・PCゲームと言わんばかりの『Crysis』において、そのロマンとリアルのジレンマが如実に表わされている。

■まとめ

後半に述べた二点の問題を除けば、作品のクオリティは高い水準に纏まっており、またそのずば抜けたエンターテイメント性から、個人的にとても評価している作品である。是非とも多くの人に一度はやってみてもらいたい・・・ と言いたい所だが、半端じゃなく重い本作は、ゲーム専用に組まれたPCでないとまとも動作しない。その上綺麗と言える位の美しさを実現する為には更に高品位のマシンが必要になる。本作はそのグラフィックスがあってこそものであるため、お薦めしようにもしきれないジレンマを抱えてしまうのだ。

またそのジレンマは業界の現状に喘ぐ開発者のものとも言っても良い。『Crysis』はそれがわかりやすく表れたという点で、今後その問題を考えていく上でのモデルケースとしての重要性もあると思う。



参考リンク


Crysis公式サイト
Crysis on Steam
Crysisまにあ
PCゲーム道場 - Crysis レビュー
Game Life - Crysis レビュー
aki_tan's page - Crysis 攻略
4Gamer.net - Crysis プレビュー
GAME Watch - Crysis レビュー
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2008/12/06
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