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2009/03/11 - 時をかけるランヤーニン


先日『Cryostasis: Sleep of Reason』が届いたので早速プレイ。この作品は東欧の作品という点とそのプロットの奇抜さから発表当時から密かに注目していたわけですが、実際に出来上がった品が『S.T.A.L.K.E.R.』以来の傑作と評価されたわけですから、これは見逃す理由がありません。ただ日本の輸入店で中々販売されないのに痺れを切らして直輸入に頼ったので、手に入れるのにここまで時間が掛かってしまいましたが・・・

ただプレイしてすぐさま期待値を上げておいただけのものはあったと認識。まだ最初のチュートリアルを終えたばかりですが、本作のそれは一般的なチュートリアル以上の仕上がりで、基本的なゲームシステムの理解と同時に、作品テーマの要約にもなっていると思いました。

ストーリーをざっと説明すると、1981年、13年前に北極圏での謎の事故以来消息が途絶えていたロシアの原子力砕氷船"North Wind"から謎の信号が発信されているのが発見され、気象学者のAlexander Nestrovは命令を受けて単身で調査に出向いたという話。

北極という不毛の地で、更にそこで遭難した船が舞台という地獄の二段重ねみたいな設定が如何にも東欧人のメンタリティです。『S.T.A.L.K.E..R.』にしろ『You are Empty』にしろ、東欧人は下界からは隔離されたある特定の世界を切り出してきて、その中での出来事を描くのが好きというか上手いというか。別の言い方をするなら東欧の作品は何よりも"環境"或いは"自然"に絶対的な存在感や主軸が置かれていて、人間とはその環境の一要素に過ぎないという価値観が根底にある。またその環境は得体の知れない脅威として描かれる事が多く、そんな成す術のない地獄的空間の中で、人々が争ってこれまた人為的な地獄を作り出しているという構図があるように思えます。

このような価値観は欧米にも日本にも無いもので、それ故に東欧の作品には強く惹かれるものがあるのですが、『Cryostasis: Sleep of Reason』もその表現に抜かりはありません。舞台が最果ての北極なだけあり極寒表現は凄まじく、氷付けになった船内の描写や木霊する音、主人公の息遣い、鈍重な操作性がその場の雰囲気を余す事無く描き出しています。また極寒の印象を捉えているという点では『Crysis』の氷河期ステージをも凌駕しており、本作はゲーム史上最も寒いゲームかもしれません。


ただし単純なモデリングやアニメーションの精巧さ、動作のパフォーマンス等の技術力が物を言う部分では欧米のそれとは格が落ちてしまい、この描画内容で『Crysis』の氷河期ステージに匹敵する重さなのは東欧出身故仕方が無いとは言え問題か。特に重さは相当なもので、鈍重なゲームスピードが幾らか助けになっていますが、相当なハイエンドでも本作を最高クオリティでストレス無く遊ぶのは難しいでしょう。ちなみに僕はCore2Duo 660、Geforce 8800GTX、MEM3Gで、解像度は1920x1200の最高クオリティでは10~15FPSがせいぜいといった所。

ゲーム内容はFPSよりのADVといった感じで、戦闘そのものよりもストーリーや演出がメインのバランス。本作の大きな特徴の1つがMental Echoという過去の情景や死者の生前の行動を追体験できる機能です。プレイヤーは船内を彷徨いながら、頻繁にフラッシュバックしてくる光景を頼りにこの船で何が起きたのかを突き止めていくのが大きな目標になる様。

近年主観視点によるストーリーテリング、没入感が重要視されている中で、Mental Echoの演出はそのトレンドに独自の回答を示しているように思えます。特にフラッシュバックという形で情報を小出しにしていき好奇心を煽って、プレイヤー自らが能動的に作品世界への理解を深めようという心理に結び付けられているのが非常に上手い。

ごく平凡な演出の場合は例えば何か悲劇的なものを見せる場合、そこに至る経過を辿った後結果の悲劇を見せるのが基本だと思います。しかし本作はその逆を行っており、プレイヤーが最初に目にするのは全てが終わった結果の部分というのが面白い。また最初の段階ではそれが重要な事であるという事、悲劇であるという事すらプレイヤーには分かりません。

そこでMental Echoによって過去の情景が断片的に見えてくる。始めは1つの事象を切り取ってきている様にしか見えませんが、数多く見ていく事でそれらの関係性が浮かび上がってきます。また重要な事象は何度も繰り返しフラッシュバックするので、それが何か重要な事であるという事も漠然とながら判ってくる。

そして幾らかピースが揃ってきた所で、全てを繋げて1つのストーリーになったものを実際にプレイヤーに体験させる。本作の演出の上手い所はこの部分で、始めのフラッシュバックでは視点や操作が固定されていてただ傍観するしかないのですが、全てが揃った時は実際にプレイヤーが過去の時空間の中を歩き回ったりインタラクトする事が出来るわけです。

この小出しにしまくってやっと触らせるという手法はゲームの発売を待ち望んで待ち望んでやっと購入して遊んだ時の感動に近い物があり、ここまでお膳立てされるとそれだけで無条件に感動してしまいます。本番を見せる前に心の準備をしっかりさせてプレイヤーの思いを高ぶらせる。非常に上手い演出です。

またこれは今までのFPSの演出の問題点、自由に動かせる故に本来注目すべき出来事を見落としてしまうという事態の解決策にもなっているのではないでしょうか。本作では注目すべきセンテンスをフラッシュバックという手法によって何度も瞬間的に見せる事で、実際にプレイヤーに操作させる時にもどこを注目すべきかを自然に誘導しているのです。

まだ最初の方を見ただけなので断言できないけど、これから先ここに書いた以上のものが見えてくるとなると、これはFPSの演出の発明とすら言えるかもしれない。

氷漬けになった死体が見えるが・・・

近づくとその顛末が断片的に垣間見れる。これらが積み重なる事で1つのストーリーが出来上がる。

逆にストーリーテリングに気合が入りまくっている分、戦闘部分は大分大味な印象。プレイスタイルは『Condemned: Criminal Origins』と同じようなずっしりとした殴り合い。ただし『Condemned: Criminal Origins』のように敵はフェイントをかけてくるわけでも多彩に動き回るわけでもなく、単にこちらに向かって手を振り回してくるだけなので相手の空振りに合わせてパンチを加えていけば難なく倒せてしまいます。既に出ているレビューでも戦闘に関しては大味で簡単と一貫しているので、今後もこの感触が大きく変わる事はないのでしょう。


何はともあれ相当良いスタートとなった『Cryostasis: Sleep of Reason』。東欧のB級ゲームは押並べてスタートダッシュが非常に重苦しいものですが、本作はこの調子で行く事が出来るのか。個人的には是非行ってほしい。このワクワクをもっと与えて欲しい。

最後に本作の最初のチャプターを撮ったので暇と興味がある方はどうぞ。ちょっと音が割れてしまった上に19分と長いですが、本作の特徴を上の説明よりもよっぽど直接的に理解ができるはず。

Mental Echoは必見。

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