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2009/03/16 - 燃えるようなその瞳は悲しみの光に満ちている


先週の話になりますが『Cryostasis: Sleep of Reason』をクリア。FPSの可能性の高さを今一度思い知った作品でした。FPSが持っている他のゲーム的要素を全て削ぎ落としてドラマの描写だけに焦点を当てる。しかも所謂ハリウッド的なエンターテイメント性も消し去り、独り言のように黙々と語るのみ。

FPSというよりも一人称視点がそういったものを描くポテンシャルを持っているという事は既に皆気づいている。ただ色々な理由があって西側の開発者達はそれのみに徹底する事が出来ない。しかし本作はそれをやってのけてしまったのが凄い。

エンターテイメント性が皆無なので、「意外な真実が明らかに!」とか「息をつかぬ展開!」だとかいった良くあるストーリーを褒める上での常套句は、いずれも本作を評価する上での基準にはなりません。『BioShock』のそれと比較する人も居ますがこれも不適切。確かに舞台設定については影響を受けているでしょうが、ストーリーの志向性はまるで違う。

そこには前々回の日記で書いた通り、自然とその一部の人間という東欧独特の価値観が絶対的なものとしてあります。それもあってか通常なら何故船は遭難したのかという誰しも気になるであろう部分にストーリーのハイライトを持ってくるものを、本作ではその様なミステリーそのものは比較的早い段階で判明してしまいます。

しかしそこからの破滅に至る経緯の描写が非常に丁寧。1つ1つの事例が積み重なっていき、如何にこの事態が不可避であったのかが裏づけされて行く。この積み重なりによってゲームの展開や表現自体は全く代わり映えの無い単調なものなのに、プレイヤーの心情的にゲームを進めれば進める程目に映るものに悲哀を感じてきてしまいます。特に終盤のもう殆ど全て積みあがった状態で、見なくても分かりきった事を見続けなければいけないやるせなさは相当なものがありました。


ただ最後のある出来事と、それに連なるエンディングには若干疑問符が付く。ネタバレになるので詳しくは書けませんが、最後ああいう終わらせ方をする事自体は納得がいくけど、そうする為にあのタイミングでアレをああいう形で出してくるのは唐突過ぎるのではないか。まぁあれもアトリビュートの1つとして見れば何とか納得できるが・・・

本作はエンディングのは唐突過ぎますが、他にも全編に渡ってメタファーと言える様なものが散りばめられており、これらの存在は作品自体を非常に示唆に富んだものにしています。これらは個々人の解釈に委ねられる部分もありますが、一方で西洋絵画のアトリビュートやヴァニタス、所謂図像学のルールに則ったものも少なからずあり、ある程度は何を指し示しているのか読み解く事が可能です。

例えば本作のサブタイトルの"Sleep of Reason"はスペインの画家、フランシスコ・デ・ゴヤの『理性の眠りは怪物を生む(The Sleep of Reason produces monsters)』から取ってきており、ゴヤのこの作品のテーマは"理性に見放された想像力は途方もない怪物を生み出す。理性と結合すれば、想像力は全ての芸術の母であり、芸術の驚異の源泉となる。"であり、ネタバレは避けますが最後まで進めた人は本作の諸要素のどれがゴヤのこの作品のテーマの置き換えになっているのか、何故ゴヤのこの作品が『Cryostasis: Sleep of Reason』のサブタイトルになっているのかが分かるはず。

またゲーム中で立ち寄る事になる船長室にも同じくゴヤの『巨人』(最近非真作とされた油彩の方ではなく版画の方)が飾ってあります。ゴヤの作品における巨人とは当時の独立戦争のスペインの守護神という意味づけがされているところから、話の文脈から考えてこの作品が船長室に飾られている事にどんな意味があるのかも、おのずと見えてくるはず。


今回はゴヤに絞って取り上げてみましたが、他にもロシア作家ゴーリキーの『イゼルギリ婆さん』という短編の中で語られる『燃えるダンコの心臓』やギリシア神話、キリスト教等など出典は数多い。流石に全ては読み解ききれないので今度図像学の本でも買って勉強しようかと思案中。

本作のストーリーは外面を知るだけなら特に問題はありませんが、一方で内面描写に関しては分かりやすい表現を用いるのは避け上記のような暗喩を用いてそれとなく示しているパターンが多い。その分難解になってますが、これがプレイヤーの知的好奇心をくすぐる仕掛けになっており、作品全体が持つ帰納法的構造と相性良く機能していると思いました。

あまりペラペラと喋りすぎるとレビューで書くことが無くなってしまうので今回はこの辺で。本作については後日レビューを執筆する予定ですが、もしかしたら攻略もやるかも。別に難易度的には攻略を必要とする作品ではないのですが、日本での知名度が余りにも低いので景気付けの一貫として。

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