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2009/07/25 - 丁寧なんだけど空回り
『Mass Effect』をプレイ開始。07年末に発売されて海外では大きな話題となった作品で、今年の5月にやっと日本語ローカライズ版が発売されたのですが、時期を完全に逸してしまった感じは否めません。膨大な英文の翻訳に手こずったのかな?まぁそれが事実であるかどうかは定かではありませんが、そう勘繰りたくなる成る程に本作の文章量は膨大で、尚且つそこが本作のセールスポイントでもあります。大量の会話と選択肢システムにより多彩に分岐していくストーリー、それがスーター・ウォーズやスター・トレックのような硬派なSF世界観の元で繰り広げられる。
しかし1年半経た今から見ると当時話題になった新規性は殆ど感じられず、寧ろRPGの典型的文法に従った王道の作品だと思いました。英雄神話的なストーリーがあって、仲間が徐々に増えていって、経験値稼いでレベルを上げて、といった良くあるRPGの様式が好きな方、或いはスペースオペラがたまらなく好きという方、つまり上記のカットシーンを見ただけでキュンキュン来ちゃう方はマストバイ。しかし逆にそういったものに特別興味がない方は慎重になった方が良いかもしれません。
時は西暦2148年。人類は宇宙に進出し、銀河系が多種多様な種族によって統治されている事を知る。途中戦争を経て2165年に人類はその統治組織、シタデル評議会の傘下に入るが、新参者である為未だ完全に信用されるには至っていなかった。
そうした中主人公のシェパード少佐は、5万年前に消滅した高度文明のプロセアンの遺物「ビーコン」の回収任務で上陸した惑星エデンプライムで、銀河の法と秩序を守る組織「スペクター」の1人、サレンの全銀河を脅威にさらす陰謀を知る。この旨をシタデル評議会に告訴し始めは邪険に扱われるものの、証拠を示したシェパードは人類で初めて「スペクター」に任命され、サレンを追うべく広大な銀河へと旅立つ事となった。
ざっとストーリーを書くだけでもやれプロセアンだやれスペクターだと専門用語が飛び交う本作は、正に超が付くほどの硬派なSF。ゲームというジャンルに於いて、完全オリジナルでここまで世界観がしっかりとしたSFはそうそう無い。設定と同時に、それに基づくビジュアル表現も一貫性のある様式を構築できていて隙が無い。本作で最も高く評価できるのは間違いなくこの点でしょう。
しかし硬派故にアクが強く、好き嫌いが極端に分かれそうでもあります。前にも触れたようにゲーム中は専門用語が雪崩の様に飛び交い、それを理解するにはコーデックスというゲーム内辞典を開いて、これまた膨大な文章を読んで知識を深めなければならない。好きな人ならお安い御用かもしれませんが、そうじゃない人にとっては多分に苦痛。
ゲームシステムは世界観と打って変わって殆ど王道的なRPGの作り。いや打って変わってと言うけれども、本作の様なSFはゲームでは希少価値なだけで、その他のメディアもひっくるめて捉えると寧ろやや古臭いと言える位王道的。そういう意味で捉えれば世界観もゲームシステムも共に王道路線を目指したと言えなくもないですが、世界観と違いゲームシステムの方は同ジャンルで使い古された様式なので、やはり新鮮味が欠けているように感じられてしまいます。
基本的な部分はRPGの伝統をしっかりトレース。敵を倒したりクエストを完結させて経験値を稼ぎ、レベルを上げてその度に与えられるスキルポイントを各スキルに割り振っていって自分なりにキャラクターを成長させる。武器やアイテムを拾ったり若しくは売買する市場の概念も当然ある。
但し行動の自由度は限定的で、『Fallout 3』や『Fable 2』の様なフリーローミングの要素はありません。つまりダンジョンや町等を全て含めた1つの広大なマップを行き来するというスタイルではなく、目的の町やダンジョン(本作では小惑星という言いかた)をマップから選択し、その選択した空間の中で具体的な活動をするというスタイルになっています。
これらは王道として手堅く作っているのでそこそこ面白いのですが、逆に新規性は貧しく、特別に面白いというわけでもないので特筆すべき事項がない。
そんな中で特徴を感じるのが戦闘システムでしょう。最近のRPGはどれもアクション化の傾向があるのですが、本作は特にそれが強く基本はTPSそのもの。スキルや武器のマネージメントも重要な要素なのは間違いありませんが、同時に現場でのシューティング能力も強く問われてくる。
そしてそこに現場的なRPG要素として加わってくるのが特殊能力の概念。これのメニュー画面を開くと時間が停止状態になり、そこで自分やパーティが保有している能力とそれを行使する対象を選択し、メニューを閉じると同時に実行するシステムになっています。後発の『Fallout
3』のV.A.T.S.に結構近いとも言えるでしょう。
この戦闘はRPGらしさとTPSらしさを上手くブレンド出来ていて面白い部分もあるのですが、難易度が全体的にやや高めなのも相まって問題点も少なからずあります。まずカバーして戦うのが基本なのですが、MAPはその殆どが回り込みが出来る構造になっていて、敵もかなりアグレッシブに動くので、下手するとすぐ後ろを取られてゲームオーバーって事になってしまう。
その点だけなら戦術性を喚起させるデザインになっていて寧ろ好印象なのですが、その戦術を練る上で重要となってくる仲間のAIがお粗末なのが頂けない。仲間には簡単な指示が出せるのですが、指示を無視して自己判断で動く事がままあり、プレイヤーの思い描く作戦を形にし辛い。更に自分の命に対する危機管理も甘く、しゃがめばカバーできる場所なのにずっと棒立ちで応戦し続け、あげく頭に集中砲火を浴びて即死してしまったり、一応カバーしているんだけど身体の一部がはみ出ていてそこを敵に叩かれるものの、気づかずずっと同じ場所に居続けてそのままお陀仏してしまったりと間抜けな死が目立つ。
この状態で四方八方から回り込みされて攻撃されると成すすべがないので、結果仲間は前の部屋に待機させ、自分だけ前進して敵にちょっかい出しては前の部屋に戻り、追ってきた敵をちまちま倒すという、面白みの欠片も無い戦い方になってしまいます。
後は戦闘自体が作品要素として少ない。大体移動45%、会話40%、戦闘15%という比重で戦闘は本当に少量でしかなく、それも散発的で最初のチュートリアルを除くと本格的な戦闘が13時間遊んでも未だに起きていない。
まぁ時間配分や発売前の宣伝の比重を見ても戦闘はどちらかと言うと副次的なもので、それよりかはやはり会話パートがメインの扱いのはず。本作の何処が革新的足りえるのかという話題も、全て会話の多様性やその時のキャラクターのフェイシャルアニメーション技術の高度さに集中していましたし、僕自身もそこを最も期待していました。
本作はストーリー重視な為会話量も膨大なのですが、そこで更に特徴的なのが従来の作品と比べてかなり細かい単位で選択肢を設けている点でしょう。今までのゲームにおける選択肢というのはそれが合否に直接関係してくる構造が多かったのに対し、本作では一見些細と思える話にまで正に相づちを打つかのような感覚で細かく選択肢が登場し、それによって会話内容も変化していきます。また量が多くなった分1つ1つの選択肢の重要度は減っていますが、その代わり大量の選択の集積によりゆるやかにゲーム内のプレイヤーキャラクター像が作られていくと共に、ゆるやかにストーリーの展開自体も変わっていく。
そしてキャラクターのリアルな演技や映画的なカメラワークが、上記の会話を視覚的に演出する。特にキャラクターの造形は肌の質感や表情に力を入れており、ここ数年のゲームに見られていた中途半端にリアルである為かえって不自然で気味悪く感じてしまう"不気味の谷"現象に、一石を投じるクオリティである。というのが前評判。
しかし理想と現実は大分食い違っています。順に見ていくと選択肢の多様性は言うほど多様ではなく、右回りで行くか左回りで行くかの違いで、殆ど会話の結論自体は変わらない。そもそもこのシステムの狙いが僕が思っていたのとは違っていたようで、正にプレイヤー自身が会話に参加しているような感覚を味わえるものというよりかは、カットシーンにおける主人公の意思決定の手続きをプレイヤーにやらせる事で感情移入度を促進させる、つまり会話版クイックタイムイベントと表した方が適切な様に思えてきました。会話そのものをさせるのではなく、あくまでも会話した気になれば良い。ゲーム的で当事者的な感情移入というよりかは、映画的で傍観者的な感情移入を一部ゲーム的な手続きを交えて増幅させる。
個人的にはそれでもしっかり作ってくれれば何も文句はないのですが、ガッカリなのは肝心の感情移入ができないという点です。原因は単純に選択肢に書かれている事と実行した時の発言内容が一致しないから。例えば相手の言っている事に落胆する展開で、(ため息)という選択をしたとします。しかし実際はそれでため息をつく事は無く、代わりに「馬鹿どもは、仲良く消えるか?」という全然違う趣旨の発言をしてしまう。これは翻訳のせいという事もあるのかもしれませんが、選択肢から判断できるのはポジティブかニュートラルかネガティブかといった大まかなくくり程度で、具体的な内容はかなりのズレが生じる事も少なくない。これだと感情移入しようがありません。
一方のグラフィックスや演出は尚の事悪い。まず自信たっぷりのフェイシャルアニメーションは、相当時間掛けて力入れて作っているという事はわかりました。表情筋のボーンも他の作品とは比べ物にならないほど複雑なのも一目見てわかる。そういう頑張りは十二分に分かるんですが、しかし結果はどう見てもキモいのですよ。現実の人間はこんな能面みたいな顔ではない、声の方は感情があらわになっているのに表情はずっと仏頂面。顔がなまじリアルであるばかりに、かえって気持ち悪く感じてしまう。正に不気味の谷現象そのものです。
また表情だけでなく、カメラワークもまた単調なのがそう感じさせてしまう原因でしょう。ストーリー上特に重要な時は多少気の利いた演出がされるものの、それ以外の場面では皆はないちもんめのように横並びになって立ち止まって会話し、カメラも人物の顔アップばかりで捻りがない。これで映画のような演出と言うのだから笑止千万もいいとこ。映画は映画でもそれって60年代以前のレトロ映画の間違いなんじゃないの。それもとびっきりヘボいやつ。
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史上最低の映画『プラン9フロムアウタースペース』との比較。悲しいまでに一緒である。 |
開発者としては恐らくフェイシャルアニメーションの高度さを余すことなく見せ付けたいという意図があったのでしょう。しかしそれは完全に裏目に出てしまっていて、お互い引き立てあうどころか貶し合っているかのような状態になってしまっています。また仮にフェイシャルアニメーションが見るに耐える出来だったとしても、技術革新が著しいゲーム業界では数年も経てば殆ど価値のないものになってしまうし、その時技術的なバイアスが全くない状態でも依然見ることが出来る表現であるかどうかという点が最も重要な事でしょう。
フェイシャルアニメーションは現在のゲームにおける難題の1つで色々な作品が取り組んではいますが、本作は見事にドツボに嵌ってしまったという印象ですね。ちなみに本作から話がずれますが、最近のゲームでその辺好印象だったのは『Grand
Theft Auto IV』。会話メインのカットシーンという本作に近い条件下で、カメラを積極的に動かしたりユーモアを交えたりと、表情だけに目がいかない工夫を凝らしていました。人物のポリゴン数やボーン数、そして表情は『Mass
Effect』よりずっと少ない上に硬いと思うのですけれども、その工夫のおかげでそれぞれのキャラクターが活き活きとしていました。
また『Crysis』も中々良かった。フォトリアルなグラフィックスという点で表情に問われるシビアさは『Mass Effect』と同等ですが、こちらもまたアクションを活用した場面作りで表情への一点集中を避けていました。
或いは表情の不自然さを全く感じさせない次元にまで到達しているものと言えば、リアルさを排除してカートゥーン調に徹した『Team Fortress
2』。前身となる『Half-Life 2』では大仰な顔の演技がリアルタッチのグラフィックスと合っていませんでしたが、それを活かし放題なカートゥーン調に転進した事で一気に花開いたと思います。
『Mass Effect』の基本が上記映像の後半部分だとして、こうして比べて見てみると『Mass Effect』も表情自体は実はそこまで悪くない。グラフィックスの方向性が近い『Crysis』(映像は『Crysis: Warhead』)とは殆ど互角の勝負です。寧ろこの場合『Mass Effect』には工夫が足りないという事になるのでしょう。演出が単調で表情ばかりに目が行ってしまう為、そこの不自然さも露呈してしまう。技術だけによっかからず、それを活かしたりフォローする意匠が必要です。
フェイシャルアニメーションに限らず前述した問題点も含めて、ゲームの作りそれ自体は丁寧だと思うんですが、それが空回りしているようでどうも僕にはピンと来ませんね。どうしても粗ばかりが目立ってしまう。それはやはり僕自身がSF、特に洋物のスペースオペラには然して興味が無いという点が大きいのでしょうか。本作を肯定的に書いているレビューはどれも二言目は「スペースオペラ萌え!」って感じなので、結局本作を楽しむには最初に書いたようにスペースオペラが好きかどうかに掛かっているという結論になるのかもしれません。
そんな風に思いつつ引き続きプレイしたいと思います。13時間と最近の平均的なゲームはとっくにクリアできている時間分遊んでいますが、本作内ではまだまだ前半のようなので。
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